まさかの「米国切り」
防衛省が進める次期戦闘機の開発をめぐり、「米国切り」が固まった。共同開発のパートナー国を英国とイタリアとし、米国は加わらない。自衛隊の戦闘機は米国製か、米国との共同開発の機体だったため、機体開発に米国が関わらないのは異例中の異例だ。
意外なことに米国のオースティン国防長官は日英協力に歓迎の意を表し、次期戦闘機と連携する無人機(UAV) の開発について、日米協力の可能性を探ることになった。
米国の関与が薄まるのは、次期戦闘機の主契約企業である三菱重工業に協力するはずだった「ロッキード・マーチン」の意向を尊重する米国防総省との協議が不調に終わったことによる。
防衛省関係者によると、技術提供を求めたところ、日本も輸入している既存のF35戦闘機の情報にとどまり、より高度な技術の提供には後ろ向きだったという。米国防総省は秘密保持を重視したとみられる。
これまで日本独自の戦闘機開発を妨害し、最低でも米国と共同開発するよう迫ってきた米国の様変わりぶりに身構えてきた防衛省や三菱重工業の担当者らは拍子抜けしている。だが、英国との共同開発には新たな難問が待ち受けていた……。
ロッキード・マーチンが開発したF35戦闘機(航空自衛隊のホームページより)
防衛省が目指すもの
英国側の主契約企業は欧州各国が採用する戦闘機「ユーロファイター」を開発した「BAEシステムズ」だ。これにエンジン開発担当の「ロールス・ロイス」とミサイル開発担当の「MBDA」が加わり、イタリアは航空・防衛大手の「レオナルド」が参加する。
BAEシステムズが開発した戦闘機「ユーロファイター」(英空軍のホームページより)
これらの企業はユーロファイターが退役を始める2036年をメドに次期戦闘機「テンペスト」の開発に取り組んでおり、航空自衛隊のF2戦闘機の退役に合わせて次期戦闘機の開発を始めた日本側と行程が一致した。
日英は今年1月から、エンジンについて共同で実証事業を開始。さらに機体の共通化が可能か共同分析に入っていた。5月に行われた岸田文雄首相と当時のジョンソン首相との首脳会談で次期戦闘機について、年末までに協力の全体像を決めることで合意した。
防衛省が次期戦闘機に求めるコンセプトは、(1)量に勝る敵に対する高度ネットワーク戦闘、(2)優れたステルス性、(3)敵機の捜索・探知に不可欠な高度なセンシング技術、の3点を併せ持つ機体とすること。
資料には「このような戦い方を可能とする戦闘機は存在しない」と異なる字体で大きく書かれ、防衛省が本気で「令和のゼロ戦」の開発を目指していることがわかる。
防衛省が開発する次期戦闘機のイメージ図(令和2年版防衛白書より)
防衛省が考える将来戦闘機のコンセプト(防衛省の資料より)
「高度ネットワーク戦闘」は、大容量高速ネットワークを駆使して敵の情報を味方同士で共有する。特徴的なのは無人機と連携することだ。
無人機は戦闘機のパイロットが操作して複数の機体を同時に飛ばし、戦闘機と無人機の編隊を構成する。無人機から得られた情報を戦闘機が統合して活用する。有人機と無人機がワンチームとなることから「チーミング」と呼ばれ、人的資源が節約できる一方で対処力は強化される。
すでに中国やロシアは戦闘機と連携する無人機の開発を進めている。数的に有利な中ロでさえ導入する技術を戦闘機数で劣る自衛隊が導入するのは必然といえる。
英国のテンペストもステルス性や無人機との連携を想定しており、日英の方向性は一致した。
BAEシステムズなどが開発を進める戦闘機「テンペスト」(BAEシステムズのホームページより)
「米国切り」が決まった事情
一方、米国との関係では防衛省が2020年12月、ロッキード・マーチンを「支援企業」に指定した。防衛省の資料には「機体担当企業(三菱重工業)の下請け」とあり、「機体担当企業および防衛省が必要と判断した業務のみに従事」と明記され、関与できる範囲を制限している。
ここからは「可能な限り、米国企業を排除したい」という防衛省の思惑がうかがえる。それには理由がある。
1980年代に開発したF2戦闘機は当初、「独自開発による国産」を目指したものの、米政府の圧力から米国製のF16戦闘機を母体に日米で共同開発することになった。
その後、米政府内部の権力争いに巻き込まれる形で(1)量産段階で米側の生産比率(=取り分)40%を確保する、(2)飛行制御に関わるソースコードは開示しない―などの条件が付けられ、開発費は当初見込んだ1650億円の2倍近い3270億円に膨れ上がった。
今回、防衛省が求めた次期戦闘機の技術提供について、米側は情報を開示しないブラック・ボックス化を条件に挙げ、F2問題の再来を思わせた。
日米で共同開発したF2戦闘機(航空自衛隊のホームページより)
一方のBAEシステムズは対照的に技術のフル・オープンを約束。期限の年末を待たずに「英国との連携」と「米国切り」が固まった。
もっとも英国にはテンペストの開発が難航しているという御家の事情があり、むしろ日本との連携を渇望していたフシがある。
ステルス機の開発で日本は英国より一歩も二歩も進んでいる。防衛省は三菱重工業を主契約企業として、ステルス機である先進技術実証機を開発、2016年に初飛行させた。レーダーに映りにくい機体形状だけでなく、様々な技術を盛り込み、32回の試験飛行を繰り返して、次期戦闘機に必要な情報を収集した。
防衛省が開発したステルス機の「先進技術実証機」(防衛装備庁のホームページより)
英政府は今年7月、日本政府に対し、英国であったファーンボローエアショーに次期戦闘機やJAGUAR(次世代RFセンサシステム)などの動画とエンジン模型を公開するよう要請。「JAPAN」と書かれた展示ブースには英国の技術者らが訪れた。
会場ではベン・ウォレス国防相が「英国がイタリアや日本とともに『戦闘機プログラム』の旅路にあることを嬉しく思う。このような最先端技術に関する日本やイタリアとの協力は同盟関係のメリットを世界中に示している」と述べ、日本との連携を大歓迎した。
防衛省が英国、イタリアとの共同開発に傾斜したのは「米国の冷たい態度」と「英国の歓迎姿勢」を秤にかけた結果ともいえる。
早速、雲行きが怪しい…
ただ、この後、暗雲が漂い始める。
英国側は、共同開発の割合を6:4、もしくは半々とすることを主張し始めたからだ。この割合は開発にとどまらず、生産時の分担割合にも反映される可能性が高い。
日英双方にとって持ち出すカネは少ない方がありがたいに決まっているが、英国側は日本側の負担がやや重い6割にしたいというのだ。日本の技術を利用したい割には言うことは図々しいのだ。
防衛省は独自開発した場合の経費を1兆4000億円と見積もっていた。高いと批判されたF2戦闘機の開発費の実に4倍以上だ。
防衛省関係者は「機体のステルス性やIT化された操縦機器類、360度監視できる特殊なレーダーなどF2開発当時と比べ、カネをかける分野が圧倒的に増えている」とし、やむを得ない投資だと強調する。
英国との共同開発となれば、費用を分担できて、より少ない開発費で収まる見通しが出てくる。にもかかわらず、突きつけられたのが日本側に不利な負担割合だ。
英国ペースで議論が進めば、日本と英国でどの分野を開発し、生産するかを決める主導権まで英国に奪われかねない。
5月に岸田文雄首相が英国を訪問して行われた日英首脳会談[Photo by gettyimages]
話は横道に逸れるが、英国は第一次世界大戦における中東問題をめぐり、アラブ、フランス、ユダヤとそれぞれ異なる協定を結んだ「3枚舌外交」で有名な国だ。巧みな交渉術といえばそれまでだが、自分勝手な主張を通そうとする相手だと警戒して向き合う必要がある。
是非はともかく、防衛省と英国防省との間では次期戦闘機の輸出について話し合いが進み、欧州では英国が、またアジア各国に対しては日本が販売することで内々に合意したばかりだという。
政府部内では輸出ができるよう一部武器の輸出を認めた「防衛装備移転3原則」を改定する方向で検討が始まろうとしている。老練な英国に主導権を握られ、思わぬ結果に至らないよう防衛省は極力情報を公開し、国会でも監視する必要がある。